坂道の美学

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一月前だったか、「笑っていいとも」の「ニックネームを当てろ」のコーナーに真鍋かおりが出演した折りに、「この坂道はねぇ、とかうんちくを語っている人とはデートしたくない」とある人物をほのめかした。それを聞いたタモリがなんとも気まずい表情をしていたのを覚えている。タモリは少し前にその「坂道」に関する本を出したばかりだったのだ。

坂道に興味を持つ人は一般に変わり者扱いされるのかもしれないが(彼はそれを「フールオンザヒル」と呼ぶ)、トリビアが高視聴率を博している中で、誰も気がつかないような事柄に興味を持つのは今「ブーム」になっている。タモリはトリビアの名誉会長、つまりその道のプロなのだ。

『タモリのTOKYO坂道美学入門』。意外と近所に在庫がなく、渋谷に行った折に店員に探してもらってようやく購入することができた。ぱらぱらとめくると東京を紹介したガイドブックとそれほど変わりがないように感じられるが、他と違うのはタモリが付した序文だろう。この文章がいわゆる「美学」なのだ。坂道とは何か。彼はそれをキルケゴールの思想になぞらえて自由を語る。「高い断崖の上に立って下を見る時、自分はここから飛び降りると確実に死ぬと予想できる。飛び降りる、降りないかは自分の意志の自由による。だから自由とは不安であると」。坂道の美学、それはタモリの人生につながっている。

私はもともと埼玉に住んでいたため、ほとんど坂道と縁がなかった。田園の広がるなだらかな平地に暮らし、変わり映えのしない日々が坦々と過ぎ去る。そこまで言ってしまうと平地の人間を卑下しているようにもとられてしまうが、実感として確かにそんな雰囲気がある。

ただ私に坂道体験が全くないわけではない。父方の田舎である新潟には、海沿いに少々急勾配の高台がある。特に夏の景色が印象に残っている。古びたコンクリートの階段を上り、潮風にさらされて錆付いた標識の脇を通りすがる。急な坂を上ると自然とあごが上がる。その勢いで見上げると、一色塗りのアクリルの青が距離をなし崩しにして迫ってくるようだ。昼下がりの町並みに人の気配はない。振り返ると海が見える。空より深い青の水平線に、佐渡の影がうっすらと顔を出す――。

この坂道は、タモリが定義するような由緒もないし、江戸の風情があるはずもない。だが、坂道に対するタモリの心境には、どこか共感する部分があるのも事実だ。東京に住んで6年(といっても八王子だが)、実はほとんどこの地について何も知らないに等しい。この本を片手に、坂道を探して歩いてみたくなった。
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by jaro050 | 2004-12-29 21:26 | 雑記
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