(他の者たちは図書館と呼んでいるが)宇宙は、真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている。 バベルの図書館には出口がない。無限の階を持った図書館で、その内部にはどこからやってきたのか、いや、どこから生まれたのかさえ定かでない司書官たちが、六角の各壁に備え付けられた書棚の本を果てしなく調べ続けている。 図書館の構造は、ボルヘスによると「その厳密な中心が任意の六角形であり、その円周は到達の不可能な球体である」という。「五つの書棚が六角の各壁に振り当てられ、書棚の一つ一つに同じ体裁の三十二冊の本がおさまっている。それぞれの本は四百十ページからなる。各ページは四十行、各行は約八十の黒い活字からなる」。こう説明されても想像をめぐらせることすら難しいのであるが、ボルヘスのこの短編を元にしてバベルの図書館を再現した人物に意見を請うことにしよう。異教の書とされるアリストテレスの『詩学』第二巻、「笑いについて」が収められている書庫として、バベルの図書館は再現された。あのウンベルト・エーコの『薔薇の名前』である。 エーコが作り出した書庫は全部で56室あり、アルファベットが付された意味を解明しないことには進むこともかなわない迷宮となっている。問題の書物は鏡の仕掛け扉がついた密室に存在した。ボルヘスの『バベルの図書館』にも鏡が設置された箇所があり、司書たちはこの鏡を見て図書館は無限大ではないと悟るのだという。なぞの多き鏡である。 バベルの図書館にある本はすべて25の記号のみで書かれ(コンマとピリオド、23個の文字)、その使用は支離滅裂を極める。これらの記号による可能な限りの組み合わせで各書物は成り立っており、同じ配列の書物は存在しない。言い換えれば、一字しか違いのない書物が無限に広がる階のどこかに存在するのである。 司書官たちはそれらの記号を読解していくにつれ、一つの迷信を生み出した。すなわちこうである。「他のすべての本の鍵であり完全な要約である、一冊の本が存在していなければならない」。この本の探索に当たって、ある人間が遡行的方法をあみだした。書物Aの所在を明らかにするために、あらかじめAの位置を示す書物Bにあたってみる。さらに書物Bの所在を明らかにするために、あらかじめBの位置を示す書物Cにあたってみる。これを無限に続けるのだ。鏡合わせの無限回廊、いわばこの図書館自身を示すような「abyss(深淵)」に身を落とすことになる。 この図書館は何を示しているのか?ボルヘスは冒頭からこの図書館を「宇宙」と言っている。だがどこか閉塞した宇宙を感じさせないではない。まるで陽の光など知りもしないように、司書官たちは外に対する意識は全く無い。中心の六角状の通気孔は無限に続いており、死者はその孔に投げ入れられるのだという。そこで無限に落下しながら風化し、やがて塵すらも無くなる。彼らはなぜそこにいて、なぜ本を読むのだろう?彼らはそんなことお構いなしだ。だがこの文章を書いている司書官は、図書館が無限で周期的であることが、唯一の希望であると言う。無秩序も繰り返されれば秩序となろう。そのほのかな秩序こそ、世界の表象かもしれない。
by jaro050
| 2005-01-15 00:30
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ジャロ 20代も半ばにさしかかる鼻メガネ。 もはやメガネにアイデンティティを奪われる日も近い。 カテゴリ
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