樹海の中で

先日テレビのニュースで樹海特集が放映された。
よくあるテーマだが、中盤から登場した一人の男性の話が
心を打った。

といっても男性その人は登場しない。
一台の車と置手紙を残して
樹海に入っていってしまったからだ。
取材陣は車に残された手紙に書かれた番号に電話をかけた。

・・・電話に出たのは、その男性の妻だった。
二日前から車で出かけて以来行方不明だったという。
音声を変えられても、
女性の動揺ぶりはひしひしと伝わってくる。
男性の浮気がもとで自殺を図ったのでは、そう妻は言った。

取材陣と落ち合うよう話したところ、
彼女は300キロ以上の距離を
わずか4時間足らずでやってきた。
妻は夫の浮気が自分にも原因があると考えているようだ。

取材陣の制止にもかかわらず
すっかり暗くなった樹海の中へ
彼女は悲痛な叫びと共に入っていった。

数時間が過ぎて、彼女が戻ってきた。
「暗くて何もわからないんです」。
彼女は悲嘆にくれてしまったようだった。
2,3日で男性が餓死することはないだろう。
しかし自殺が目的ならば、いつ縄で首をくくっても、
いつ服毒してもおかしくはなかった。

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磁場が狂うこの森は、様々な人の思いが渦巻く地でもある。
そこでひっそりと人生を終えようとしている者、
迷いを抱きながら自らに問いかける者。
樹海はひとつの迷宮のように、
ある中心に向かって人をいざなう。

だが、おそらく樹海の中心には何もないだろう。
ミノス王の迷宮のように、
中心に半獣半人の怪物など潜んではいない。
どこまで行っても似たような景色が広がる、無限回廊…。

「中心がどこにもあり、円周がどこにもない球体」
パスカルは自然をそう呼んだ。
樹海はまさにどこまで進もうとも
その末端にたどり着くことのできない場であり、
裏返せばどこでもそこが樹海の中心と言いうる、
そんな空虚な空間である。

やはり樹海という深淵が人を引き付けるのかもしれない。
ぽっかりとあいた空洞を覗き込むときのように、
無の領域に身を埋めたいと思う、その瞬間。
自我が解体する、その瞬間。

だが、残された者はさらなる空虚を味わうだろう。
引き込まれた者と違って、残された者は
埋められない空洞を自らと同一化できずに、
一生抱えて過ごさねばならない。
それは死よりも辛いことではないか?


男性は帰ってきた。悲嘆にくれる妻のもとに、
警察から男性を保護したという電話がかかってきた。

年々樹海で自殺する者の数は増加しているという。
捨てるものすらもうない、そう彼らは言うかもしれない。
だがそれでも何かが残るだろう。
やはり自殺はするものじゃないと、TVを見ていて思った。
残ったものに無為な空洞があくのを見るのは、
他人事とはいえ、辛い。
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by jaro050 | 2005-04-07 02:10 | 雑記
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