「黄昏の東京」

年明け頃にやっていた瀧口修造展が話題になった世田谷美術館、その次に開かれた「ウナセラ・ディ・トーキョー」(「黄昏の東京」のイタリア語訳、ザ・ピーナッツの名曲)も僕のまわりでは評判で、再び足を運んでみました。

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この展覧会は前回の瀧口展が結構予算をかけたものだったので、東京という都市を写した(構成上東京23区に限定しているという)写真コレクションを上手に組み合わせて構成された収蔵品展。

たしかに展覧会低予算でどれほどのことができるのか、と学芸員たちが試行錯誤をしている痕がいろいろな局面で見え隠れしているけれど、僕はなんだか「東京の思い出」自体ほとんどなく、郷愁の固定観念だけが増幅された感じ。隣で年老いた爺さんたちが「おぅおぅこれあったなぁ。今は~になってるんだよな。」とか懐かしそうに語っていましたが、僕には全くピンと来ない話。会場に流れていた懐メロも同様でした。

たぶん僕にとってそれらの写真は20年代のパリ風景の写真と同じくらい異質で、感情移入することのできない異国を思わせるからなんだろう。そもそも僕が都市型の気質を持っていないからなのかもしれない。

今都市論がブームになっているのかどうかは知らないけれど、そもそも都市に対して強烈なイメージや記憶を持つ人たちがその魅力を感じているように思う。僕は東京から少し北側にある郊外で20年過ごし、残りを東京西側の郊外で過ごした。いわば周縁をぐるりと回って生きてきた外部の人間だった。なんだか都心には「必要なものを取りに行く」感覚で、用件が済めばさっさと帰宅していたから、ほとんど東京23区は僕にとって「コンビニ」だったんだろう。

作品とタイトルとを照らし合わせてみると、歩を進めるように各地域が地理的に配置されている。つまり東京ウォーキングマップの意味もあるわけだ。だったらなおのこと東京を歩いてから、もう一度この展覧会を見てみたいと思う。
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by jaro050 | 2005-05-21 23:05
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