ルーヴル美術館展

横浜で開催中の「ルーヴル美術館展」に行ってきました。幾度となく開かれてきたルーヴル展だけど、今回はまさに典型的なルーヴル展だった。19世紀の新古典主義からロマン派にかけての絵画作品で構成されており、ルーヴルがフランス近代文化の象徴となる一翼を担った画家が勢ぞろいしている。アングル、ダヴィッド、ドラクロワ、ジェリコー、ドラローシュ、フラゴナール、コロー、ミレー…。

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目玉はやっぱりアングルの《泉》、《スフィンクスの謎を解くオイディプス》、《トルコ風呂》、ダヴィッド《マラーの死》といったところだろうが、面白かったのはエスキース。

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エスキースは英語でスケッチを意味するけど、単にチョークや木炭でデッサンするだけでなく、褐色の絵具を使って描かれる「下絵」の事を指す。

フランソワ=アンドレ・ヴァンサンの《ピラミッドの戦い》なんかを見ると、ロマン派では完成作とみなされるような出来栄えなんだけど、それはアカデミーでは「エスキース」とされる。

コミュニティーによって扱いが変わってくるということは、しばしば対立の火種になっていた。つまり画家の才能はどこの段階にあるのか?という問題。

デッサンの段階にあると主張する人たちは最初の構想を絵筆や木炭で試す下絵が画家特有の感情を示していて興味深いと考えていた。

一方完成段階に重きを置く人たちは、そうした下絵の価値をある程度認めた上で、感情の噴出を抑制し、「理性的に」整理した完成作品は、美学以上に倫理的にも正当だと判断した。

この判断がフランス革命の成果である「理性」の観念を支えるものとして当時の政権から支持される理由となったわけで、この時代の作品は主題のみならず制作態度においても政治に密接に絡んでいる。

主題の方はダヴィッドが典型的。《マラーの死》では革命の殉教者として描かれて半ば信仰の対象のように扱われた。重い皮膚病に苦しんでいたマラーを「理想的に」脚色した姿は、とても死んでいるとは思われないほど生き生きと描かれている。

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展示前半のアカデミー絵画とはうって変わって、中盤以降ロマン派や写実主義の画家たちが登場してくるけど、引き付けられたのはジェリコーの《賭博偏執狂》。たぶん女性なんだろうけど、赤くはれ上がったまぶたと卑屈につりあがった口元がこの人物の偏執狂ぶりを見事に表していていた。ジェリコーは他に《白馬の頭部》など個人的な興味から主題を選んでその内実を描こうとしている。

フランス近代の流れを追う意味でうまく構成されているとは思ったけど、写実主義の主要画家たちがあまり登場しなかったのはちょっと残念だったかな。
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by jaro050 | 2005-05-30 21:49 | 展覧会報
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