Nineteen-Ninety Five

 オウム裁判の要である麻原の死刑判決がでて、なにか腑に落ちない形であの出来事のくぎりがついてしまったように思う。1995年、すでに11年が過ぎてしまったが、あの頃を振り返るだけの時間的隔たりはできたのだろうか。

 核心ではつながっている。そう思うのは、「00年代(ゼロゼロ・ジェネレーション)」というくくりが今ひとつ判然としないことに関わっている。たぶん9.11という大きな出来事(とメディアに印象付けられているもの)が、ひとつのディケードのうちであまりにも早くやってきたことに起因しているんだろう。

 日本から見て、89年に冷戦構造が崩壊し、その後バブルがはじけ、社会構造に対する危機感として表出したのが95年だったとすれば、この世紀末的不安感を湛えた90年代の終わりは2001年、同時多発テロだった。ではその後は?5年たっても、まだうまく説明することが出来ない。僕個人としては、来年、つまり2007年に何か起こるような気がしているが(それは6年おきという単純計算でもあるのだが)、あまり予言的なものを考えるのはよそう。

 ともかく、個人的体験において最も重要だったのは95年だ。一体この年に何が起きたのか?事後的に整理された記憶も含めて、公私にわたっていくつか挙げてみると…

戦後50年
阪神大震災
地下鉄サリン事件以下一連のオウム騒動
愛犬家殺人事件の犯人逮捕(犯人の店は高校のすぐそばだった)
デジタルカメラの普及
「女の子写真」が流行
Windows95の発売
『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始
フランス、シラク大統領の就任&核実験強行
全日空機ハイジャック事件
村山首相、アジア諸国に植民地支配と侵略を謝罪
沖縄米兵少女暴行事件
小室ファミリー全盛期
藤原伊織『テロリストのパラソル』
公立校で土曜隔週休日実施
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by jaro050 | 2006-09-22 22:17 | 雑記
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