カテゴリ:展覧会報( 16 )

痕跡展の残した課題

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東京国立近代美術館(東近美)で開催中の「痕跡 ―戦後美術における身体と思考」展を訪れた。一通り会場を回った第一印象は「痕跡というテーマに基づいて集められた作品リスト」というもの。痕跡という漠然としたテーマに促されて作品を見ると、なんでも痕跡だよね、なんて安直な感想がいたるところで噴出。作品一個一個では興味を引かれることが少なくなかったものの、戦後美術を「痕跡」という言葉で回収しようとする政治的意図を感じた。

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by jaro050 | 2005-02-06 23:05 | 展覧会報

ザオ・ウーキー展

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縁あって美術関係のある企業に面接に行った帰りに、ブリジストン美術館に寄っていきました。本当は画廊めぐりなどをしてみたいところでしたが、少々疲れていた(そして恥ずかしながら慣れない革靴に靴擦れしていたため)ブリジストン美術館にしました。

今やっていたのは「ザオ・ウーキー展」。フランスの現代画家だが、生まれは北京、つまり東洋人。漢字で「趙無極」と書くそうだ(アナーキーっぽい)。ほかではあまりお目にかかることがない作家だが、今回は初期から現在の作品までを体系的に展示した回顧展形式をとっていて、ウーキーを知るにはもってこいの展覧会。

私自身もあまり作品を見たことがないので、この際何の知識もなく見てみることに。まず初期の絵画に感じたのが「クレーの影響を受けているのでは」と思わせる幾何学的に構成された形象(特に《さわぎく》に似た人物像がいた)。マチエールもまたクレーの厚紙のざらついた表面が酷似している。さらに文字が画面の上でいつしか解体していくような奔放なカリグラフィー。おそらくクレーから影響を受けているはずだ、と予想してみる。
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第二点は、やはり東洋人という性格からか、水墨画を意識した黒の筆致はアンリ・ミショーを想起させる。ミショーの墨絵は極めて抽象的なイメージをもたらしているものの、よくよく見てみるとそれが人物(群集)を示しているかのように太い線が躍動感を持っています。しかし、50年代を過ぎる頃のウーキーの線描には、そういった形象性があまり感じられない。むしろ木々ではないのかと思う。

そう考えると、ウーキーの絵画は実は風景を抽象していったときに残った残照に見えてくる。それも多くは近視眼的な風景だ。広大な大洋を眺めたあとにふと足元を見たときの、あの浜辺の風景。もしくはほの暗い洞穴の岩壁に灯るたいまつの火。しかし近寄れば近寄るほど、それは近視眼ではなく鳥瞰図のように上空からの風景に転換する。
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順を追ってウーキーの変遷を見ていくと、70年代を過ぎるとここでトリプティック(三連画)の形式が現れだす(確か76年の作品だった)。これには少々驚いた。まさかここでトリプティックに出会うとは。切り離された三つのキャンバスはそれぞれが独立を保ちつつも、相互に影響しあうように筆致は連続している。この作品を見ながら、「現代美術に応用されたトリプティックを集めてみるのも面白いかもしれない」と考えた。

トリプティックが現代においてそれほど使われなかったのに対し、ディプティック(二連画)は頻繁に使用されたフォームだった。何故かといえば、ディプティックはその間の空間に不在の効果を見ることができるために、現代美術特有の哲学が存在しているからだ。通常見落としがちだが、シンメトリーの構図もまた、鏡像関係ということでこの不在の原理が働いている。いうまでもなく、鏡は現代美術で頻繁に登場する装置なのだ。

対してトリプティックに見られる効果は「リズム」だった。この形式は真ん中のパネルがその中心的舞台となる。それゆえ中世以来宗教的形式として多用されていた。例えばモンドリアンはその効果を神智学という方向で解釈したが、ウーキーはそういった使い方をしていない。三枚のパネルというよりも、むしろ二つの分割に意識が向かっているようだ。だから画面はひとつの絵画として筆致が連続している。

ウーキーはこのトリプティックでいったい何がしたかったのか。ただ画面を大きくしたいのなら、完全につなげてしまえばいい。そういった作品は彼の作品の中にすでにあった。考えられるとすれば、日本や中国にある障壁画としての絵画を想定していたのかもしれない。そうだとしたら、これはどのような働きを示すのか。少し考えてみたいテーマではある。
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by jaro050 | 2004-11-04 23:28 | 展覧会報

自由に泳ぎまわる人:ヴォルフガング・ティルマンス

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「ティルマンスっておしゃれだよね」。ある知り合いがそういった。たしかにおしゃれかもしれない。彼の写真には性的なものがあふれているのに、ドロドロとしたものは感じられないからだ。身の回りの風景を撮っているのもその理由のひとつだが、質的に『relax』に載ってもおかしくないような「緩さ(ゆるさ)」がある。

これに拍車をかけているのは音楽との関連だろう。彼はテクノに関心を示し、ビデオ・インスタレーションではクラブの照明に焦点を当てて、テクノ・ミュージックにのせてランダムに動く反射鏡の様子を撮り続けている。そんな彼が注目されだしたのは90年代に入ってからで、彼の写真が掲載されたのは大半が音楽雑誌だった。今回の個展でも、掲載されているのは美術雑誌や写真雑誌だけではなく、タワーレコードのフリーペーパーなどにもティルマンスの名前が躍っている。

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by jaro050 | 2004-10-25 17:00 | 展覧会報

都現美のピカソ展

b0041761_5444442.jpg展覧会の無料チケットをもらったこともあって、都営新宿線の菊川駅から歩いて10分少々、結構長い道のりを経て東京都現代美術館へ向かいました。今回のピカソ展は1920年代半ばから30年代後半にかけて、シュルレアリスムと関わりあう時代を特集していますが、なかなか楽しめる内容でした。

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by jaro050 | 2004-10-25 07:20 | 展覧会報

金沢21世紀美術館

b0041761_582992.jpgとうとう金沢21世紀美術館がオープンしました。私は行かなかったのですが、後輩は遠方まで列車に乗って(4時間半!)行ったそうです。たいへんだ。

妹島和世の建築はそれはみごとだったらしく、私の先生は「世界でも有数の美術館だろう」と絶賛してました。とはいえこの人けっこう「絶賛好き」な人なので実際見てみないと分からないのですが、話によると「あまりにもよい建築なので、展示されている作品を殺してしまうのでは」だそうです。少々皮肉がこもってます。

HPなどで作品を見る限りだと、なかなかよい作品を集めているのはわかります。後輩に展示に関してきいてみると、「今注目されている作家の作品をまんべんなく集めている観があって、キュレーションのコンセプトが見えない」とのこと。なかなか的確な答えでした。ただ、現況から言えばコンセプトを打ち出せるほどのまとまりを現代作家の作品で作ることは至難の業なのでは、と言うのが私の意見です。国際展による「現在の状況を示す」手法が広がっているのもそうした理由だと思います。まあ開館記念展なので国際展風になるのは仕方がないとは思いますが。所蔵作品をいかに見せるか、今後の展覧会に期待です。
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by jaro050 | 2004-10-17 05:22 | 展覧会報

マティス展

b0041761_22475323.jpg昨日マティス展に行ってきました。詳しくは後で書こうと思いますが、切り絵や制作過程の写真を見ると、いかにマティスがフォルムにこだわって制作していたのかが分かります。知り合いの方が言っていたように、たしかに近年まれにみる意欲的な展覧会だと感じました。四つ並んだ巨大な彫刻もよかったなぁ。特に秀逸なのが展覧会カタログ。非常に詳細で、このカタログを読んだ後にもう一度展覧会に行ってみたくなりました。さてそんな暇があるかどうか微妙なところですが、フォルムに対するマチエール(画肌)の問題はどのように捉えられていたのかが知りたいところです。
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by jaro050 | 2004-10-11 22:54 | 展覧会報