カテゴリ:雑記( 41 )

気概です。

やはりプロってのは違うのです。会ったときはいいたい放題言ったりいい加減だとしても、その後にやりとりする作業は素早くて質の高いものを返してくる。そして対応が謙虚。この人こんな人だったっけ?と思うくらい丁寧で、きっちり仕事とは分けているのが分かる。そこら辺、連絡の遅い学生などとは大違いだ。…というのは諸所で聞く話。

判断力と下準備がものをいう。「決断は2分で決めろ」なんてある啓発本には書いてあったりするが、実はプロは1分で決める。直観の部分は大きいんだろうけど、そんな観念的な直観などではなく、やはり準備と経験に裏打ちされた直観なのだと思う。地道な努力の積み重ねですな…言うは安し、行うは難し。

どうもこんなこと書くより、動くしかないようです。いやはや精進精進。
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by jaro050 | 2006-12-17 17:56 | 雑記

アイドル?

僕がやっているレクチャーイベントの、次回講座に使う資料を集めていたときのこと。それはアイドルをテーマにした一風変わったレクチャーなのだけれど、70~80年代のアイドル画像を総ざらいしていると吉永小百合が引っかかってきた。彼女は基本的に映画女優と言われている。そもそも59年に14歳で映画デビューして、十年間に80本近い映画に出ているわけだから(60年代だけで彼女の総出演数の7割以上を占めている)、「60年代に活躍した映画女優」と言った方がいいのかもしれない。

最近はシャープのCMにも登場していて、そのことに「シャープは小百合をおとしめた」などと言う人も少なからずいるが(直接批判の場に立ち会ったこともあるけれど)、僕はそんなことにあまり興味がない。生涯映画女優だという気概は、別にテレビに映っちゃいけないというわけじゃない。宣言後にNHKの番組にだって出ているし、今更シャープのCMに出ようが出まいが関係ないのだ。

じゃあアイドルなのか?と言えば、「サユリスト」なる言葉も残っているくらいなので、初期アイドルにくくれるといえばくくれる。実を言うとアイドルなるものに感情移入したことがない性分なので、その求心力にいささか疑問を感じたりもする。僕が子供の頃、アイドルは歌を歌うのがすでに基本となっていたけれど、大方は音痴で、服装は奇抜、かつ夢見がちで、そんな姿に嫌悪したこともあった。そういう意味ならまだ吉永小百合はいい。だって歌を歌わなかったから。
とどのつまりは、僕はアイドルというより、バブリーな80年代が嫌いなのだ。
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by jaro050 | 2006-12-16 05:06 | 雑記

Nineteen-Ninety Five

 オウム裁判の要である麻原の死刑判決がでて、なにか腑に落ちない形であの出来事のくぎりがついてしまったように思う。1995年、すでに11年が過ぎてしまったが、あの頃を振り返るだけの時間的隔たりはできたのだろうか。

 核心ではつながっている。そう思うのは、「00年代(ゼロゼロ・ジェネレーション)」というくくりが今ひとつ判然としないことに関わっている。たぶん9.11という大きな出来事(とメディアに印象付けられているもの)が、ひとつのディケードのうちであまりにも早くやってきたことに起因しているんだろう。

 日本から見て、89年に冷戦構造が崩壊し、その後バブルがはじけ、社会構造に対する危機感として表出したのが95年だったとすれば、この世紀末的不安感を湛えた90年代の終わりは2001年、同時多発テロだった。ではその後は?5年たっても、まだうまく説明することが出来ない。僕個人としては、来年、つまり2007年に何か起こるような気がしているが(それは6年おきという単純計算でもあるのだが)、あまり予言的なものを考えるのはよそう。

 ともかく、個人的体験において最も重要だったのは95年だ。一体この年に何が起きたのか?事後的に整理された記憶も含めて、公私にわたっていくつか挙げてみると…

戦後50年
阪神大震災
地下鉄サリン事件以下一連のオウム騒動
愛犬家殺人事件の犯人逮捕(犯人の店は高校のすぐそばだった)
デジタルカメラの普及
「女の子写真」が流行
Windows95の発売
『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始
フランス、シラク大統領の就任&核実験強行
全日空機ハイジャック事件
村山首相、アジア諸国に植民地支配と侵略を謝罪
沖縄米兵少女暴行事件
小室ファミリー全盛期
藤原伊織『テロリストのパラソル』
公立校で土曜隔週休日実施
プリクラ発売
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by jaro050 | 2006-09-22 22:17 | 雑記

学会と名古屋路

芸術学関連学会連合と表象文化論学会のお知らせ届く。
どちらもでてみよう、か。
そういえば美学会東部大会、名古屋路で行きそびれた。

名古屋といえば、愛知曼荼羅。
東松さんは、お元気そうだった。
風邪引いたというのは本当だろうか、とおもうくらいに。
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by jaro050 | 2006-06-07 17:45 | 雑記

くじら構文

中学時代、どうしてもわからない英語の構文がありました。それは、いわゆる「くじら構文」。

A whale is no more a fish than a horse is.

別に構文自体が分からないんじゃないんです。例文が分からないんです。「馬が魚じゃないように、くじらは魚ではない」。ここで馬とくじらが比べられているのがどうしても納得いかなかった。

たぶんこれは範疇論の問題なんだろうけど、くじらが魚の形状に類似しているにもかかわらず「哺乳類」であることを、私たちは予め知識として知っている。だから馬と比較されても問題がないんだろう。

だけど、「馬が魚じゃないように」という具体例をあげていることからすると、どうもくじらが魚じゃないことを知らない人に、わかりやすく説明しているように聞こえる。少なくとも中学生の私にはそう聞こえた。前提を知らない人に、馬とくじらを並べて「ほら、魚じゃないでしょ」と言ったところで納得するだろうか?

一体誰が最初にくじらと馬の例文をつくったんだろう。そして何でそれが「くじら構文」と言われるほど定着したんだろう。これはいまだに謎です。
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by jaro050 | 2006-04-07 02:13 | 雑記

ロボットとアニメの関係

ロボットとアニメの関係。唐突だけど、意外に近い関係にある。ロボットの起源、なんて話に決まって挙げられるのは童話作家カレル・チャペックで、人間に従順な機械人形を指してそう呼んでいる。チャペックがチェコ語の「robota(賦役)」から「a」をとってロボットと名づけた一方で、手塚治虫は『火の鳥 復活篇』の中で、チェコ語そのままの「ロボタ」を家事ロボットとして登場させている。まさに労働力として使役されることを示している。

でも今問題にしたいのは、じゃあ現実にロボットを作った場合にはどうなるの?ということ。私のいとこはロボット工学を専攻していて、今ロボット開発の会社で働いているんですが(彼女は大学で空圧制御のプログラムを組んでフルートを吹く人型ロボットを開発していました)、そんな姿を見ているだけに、よくSF小説などで登場する高度に発達したロボットが存在する世界よりも、それがいかに作られるかってところに、手塚治虫なんかを読んでいて思っていたわけです。

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by jaro050 | 2006-03-27 07:24 | 雑記

mixiにあるへんな画像

mixiのコミュニティをぶらついていると、
たまにへんなgif画像に出くわす。
これがけっこう凝ってる。
そのインパクトのせいか、
参加人数は決まって5000人は超えているときている。
動画の力、か…。
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by jaro050 | 2006-02-09 22:31 | 雑記

魔睡の間のポツシビリチイ

父方の実家で森鴎外を繰る。
親父殿も鴎外ぐらいは読むらしい。

少なくもそれがポッシブルである。
森鴎外「魔睡」

瑣末なことだけど、音の運びが面白い。
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by jaro050 | 2006-01-02 03:23 | 雑記

哲学する猫

もはや何も言うまい・・・。

おもて
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うら
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by jaro050 | 2005-12-06 21:45 | 雑記

つれづれ

 朝、久々に夢の記憶が残っていた。ある晴れた日。板敷きの道場で延々とでんぐり返し。ふいに坊主が現れ、活をいれる棒(警策「きょうさく」)で真剣に床をたたいている。外では叫び続ける季節はずれのホトトギス。「ボーヲゲギョ!!」。それはおよそ悲鳴に近い。君は叩かれちゃいないんだよ…。

 昼間、作業をする合間に美術手帖の最新号を読む。今月はダンス特集。「こども身体」を語る松井みどりがいた。コントロールされない未分化な身体。それが90年代以降のポストモダン的現代アートだという。混沌とした状態から生起する新しい芸術の形。予想通り登場するドゥルーズの「生成変化」という言葉。村上隆、小沢剛、アルトー、土方巽。うぅむ、なにか解せない。一体なぜだろう?

 少し前からパースの『連続性の哲学』を読み始めている。ある人との会話の一助となるようこの本を選んだ。一般にはプラグマティズムと呼ばれる考え方をもつアメリカ思想家の一人。推論に対する考察が面白い。

「人間の推論一般の素晴らしい性質とは、推論は基本的にそれ自身を訂正する性向を持っており、推論が賢く計画づけられていれば、それだけその可能性も大きいということである」。

 下線部分をどう展開するのか、続きが気になってきた。

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by jaro050 | 2005-11-23 16:56 | 雑記