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メローデのトリプティック

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15世紀のフランドルの絵画は幾何学的遠近法が導入されはじめる過渡期で、日本で言えば江戸末期、平賀源内などが遠近法を修得しようと躍起になっていた当時と似たような状況になっていた。一律の視点から絵画を構成することに不慣れな様子は、この《メローデの祭壇画》にも見て取れる。制作年はおよそ1427年、ロベール・カンパンとその弟子達による作品で、ブリュッセルのメロード家所蔵となっていたためにこう呼ばれているが、実際にはインヘルプレフツ家という名家の注文によるらしい。この開閉式三連祭壇画(以下「トリプティック(Triptych)」と呼ぶ)の主題は受胎告知(Annunciation)であるのは見ての通りだが、当時の人々に好まれた多くの象徴形式がふんだんにもりこまれた中で、トリプティックという形式そのものにも「隔絶」という機能が象徴的な意味を表している。

中央のパネルには室内が描かれているが、そこにはマリアと大天使ガブリエルがおり、まわりには様々な象徴を付与された品々が置かれている。長椅子はソロモン王を、マリアが読む書物とテーブルに広げられた書物はそれぞれ新・旧約の聖書を示す。花瓶に挿された三本の百合はマリアの成長の段階を示し、火が消えて煙をくゆらせる蝋燭は、今まさに神の光が舞い降りるために現実の光源を消す意図が含まれている。

この他にもいくつも象徴は隠れているのだが、このパネルの空間は幾何学的遠近法に正確に従っていないために違和感をもたらしている。テーブルはやや上方から眺められた構図をとっているため、その上に置かれた花瓶や書籍は今にも滑り落ちそうだ。それに対してガブリエルとマリアは正面性が強調されているために(カンパンは彫塑的表現を好む画家だった)、ややもすればこの部屋にある全てのものがこちらに向かってなだれ落ちてくるのではないかと思わせるものがある。このことは右翼のパネルにいるヨセフの表現にも見て取れる。

これに対し、左翼のパネルの見物人たち(おそらくこのトリプティックの依頼主)の表現は正面から空間が捉えられ、他の二枚のパネルとの相違が明らかだ。黒衣を着る扉近くの男性は依頼人本人であり、その後ろに控えている女性は彼の妻だと想定できる。その表現は妻の方が比較的繊細で表情豊かに見える。調査によると、この妻の像は初期の構想にはなく、後から描き足されたものだという。おそらくこのトリプティックが制作されている最中に依頼主が結婚したのではないかと見るのが一般的だ。彼らの後ろに立っている衛兵もまた後から描き足されており、この婚約の証人と思われる。

さて、トリプティックの形式は中心の光景から明らかに分離されている。それは空間表現としての差異としてあらわれるほかに、窓から見える外の景色がそれぞれ異なっていることからもわかる。そこから、この三枚のパネルは二つの分離形式が考えられる。ひとつは三枚それぞれが切り離されている点、二つ目は中央と右翼の聖家族の構図と左側の世俗の光景の分離。フランドルの絵画は神聖なる世界を世俗の空間や品々を配置することによって近づける一方で、トリプティックの形式によって再び分離させ、隔てる効果を持っていた。これにより祭壇画としての象徴機能を保ちつつも人々に共感を持って信仰心を仰ぐことが可能となっていたにちがいない。それ故アトリビュート(聖具)は身近にあるものへと置き換えられたのである。

ここまで話を進めてきて、気なるのは当時の人々がどのようにこの祭壇画を鑑賞していたのかという史料が不足していることだ。今まで述べたことは図像から導き出した想定であって、厳密な周辺史料に基づく考察ではない。さらにトリプティックの受容の仕方そのものにも社会史的な視点が欲しいところだ。
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by jaro050 | 2004-10-17 04:53 | 美術寸評

魚コード

b0041761_21135395.jpg知り合いの方に明和電機の「ナコード」をいただきました。
ああ、懐かしい。
私にくれた理由は「赤くて長くて置き場がないから」だそう。
まあベッキーぐらいしかこんな大きなストラップ使わないかな。
私の今つけているストラップは「サバオ」なんで、もし壊れたら
これを・・・つけないと思います。部屋に飾っておきます。
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by jaro050 | 2004-10-15 21:14 | その他

エンバンクメントのスフィンクス

b0041761_20103755.jpgもしロンドンに行くことがあったら、個人的興味として寄ってみたい場所があります。テムズ川沿いの道路「Victoria embankment(ヴィクトリア・エンバンクメント)」にある「クレオパトラの針」です。ここには二本のオベリスクが両岸に建っていて、それぞれブロンズ製のスフィンクス像がいます。なんでこの場所に行きたいかというと、イギリスの画家フランシス・ベーコン(1909-1992)の絵画にあるスフィンクス像は、このブロンズ像をモチーフにして描いたのではないかと思っているからです。

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b0041761_2092519.jpg彼はこのエンバンクメントの西方に位置するウェストボーン・テラスというところに1914年から5年間住んでいました。5〜10歳までをこの場所で暮らしていたわけです。この頃彼は生涯続く喘息を患ったと言われています。さてこの周辺にあるのは広大な敷地をもつ大公園ハイド・パークで、そこから東へ向かうとビッグ・ベンがあり、テムズ川にさしかかります。この場所にあるのがヴィクトリア朝時代に整備された川沿いの道路「エンバンクメント」です。ここには女王ヴィクトリアの繁栄を讃えて1878年にエジプト・アレキサンドリアからオベリスクが運ばれてきました。この尖塔の足下にはこのオベリスクを記念してブロンズで鋳造されたと思われるスフィンクスが配置されています。その顔のモチーフはこの尖塔を建設したトトメス3世と言われています。

b0041761_201617100.jpg時は下り1916年、ドイツ軍の飛行船ツェッペリン号による空襲でロンドンは甚大な被害を被ります。もちろんベーコンもその場に居合わせていますから、このときの空襲の思い出のなかに、スフィンクスがあったんじゃないかと思います。もちろん絵画には実際の戦争に対する何らかの訴えなどは微塵も感じられないけれど、17年のまだ空襲の傷跡が残る写真を見ると、たしかにこの頃の記憶が元になっていたんじゃないかと思わせるものがあります。

そんなわけで、ウェストボーン・テラスの通りから東に向かってエンバンクメント駅までを実際に移動してみたくなったわけです。


ヴィクトリア・エンバンクメントのオベリスクについては下記のサイトに詳しく載っています。

http://members.aol.com/Sokamoto31/london_j.htm
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by jaro050 | 2004-10-15 20:29 | 歴史

マティス展

b0041761_22475323.jpg昨日マティス展に行ってきました。詳しくは後で書こうと思いますが、切り絵や制作過程の写真を見ると、いかにマティスがフォルムにこだわって制作していたのかが分かります。知り合いの方が言っていたように、たしかに近年まれにみる意欲的な展覧会だと感じました。四つ並んだ巨大な彫刻もよかったなぁ。特に秀逸なのが展覧会カタログ。非常に詳細で、このカタログを読んだ後にもう一度展覧会に行ってみたくなりました。さてそんな暇があるかどうか微妙なところですが、フォルムに対するマチエール(画肌)の問題はどのように捉えられていたのかが知りたいところです。
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by jaro050 | 2004-10-11 22:54 | 展覧会報

デリダ訃報

b0041761_17514024.jpgパリ——フランス公共ラジオは9日、フランスの哲学者ジャック・デリダ氏が8日に膵臓(すいぞう)ガンのためパリ市内の病院で死去したと伝えた。74歳だった。
デリダ氏はポスト構造主義の代表的哲学者として、第2次世界大戦後の思想界に大きな影響を与えた。中でも「脱構築」と呼ばれる分析法では、文学などの表面的な「テキスト」をいったん言語学的に解体し、作者自身も気づいていない多重な意味を読みとる解読法を提唱した。
デリダ氏は1930年7月、アルジェリア生まれ。高等師範学校の哲学科出身で、1960〜64年にかけてソルボンヌ大学で哲学を教えた。70年代以降は米国での活動を増やし、ジョンズホンプキンス大やエール大学などで教鞭をとった。
(CNN Japanより抜粋)

デリダが亡くなった。美術の分野においても多大な影響力を誇ったこの哲学者の訃報は、フランス哲学の覇権の終焉を意味しているのだろうか。フーコー、ドゥルーズ、ガタリ、リオタールと続き、デリダまでが亡くなったとなれば、もはや哲学者と呼べる人は数少なくなってしまったように思われる(少なくとも日本で影響力のあるフランスの哲学者としては)。911では長年の論争相手のハーバーマスと共闘したり、まだまだ精力的な活動をしているかと思っていたのに、残念。お悔やみ申し上げます。合掌。

美術の分野で知られる彼の著作は、『絵画における真理』(特に「パレルゴン」の思想として)、先鋭なるアルトー論『基底材を猛り狂わせる』、最近出版された『コーラ −プラトンの場』、さらに主著『エクリチュールと差異』、『グラマトロジーについて』など多数。

ところでレヴィ・ストロースが存命なのはあまり知られていない。現在96歳ぐらいだろうか。ちょっと勇気が出る話。
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by jaro050 | 2004-10-11 17:52 | 時事

クリヴェッリの喜劇

b0041761_6182753.jpgカルロ・クリヴェッリ(1430(35)頃〜95)はルネサンス期、ヴェネツィア派の異色画家として知られる。金属質な人物像に加え、空間は全て厳格な一点透視法を用いて描かれている。ミケランジェロを頂点として発展史的美術の系譜を位置づけたヴァザーリにおいても、クリヴェッリに対する扱いは「例外」として歴史の柵の外側におかれている。

この《聖エミディウスを伴う受胎告知 The Annunciation with Saint Emidius》においても、厳格な一点透視法は貫かれている。左の通りに跪いている天使はガブリエルであり、その隣にいる人物が聖エミディウスのようである。ガブリエルが持つ花は百合(純潔)、永遠を示す孔雀、平和を示す鳩、さらに神からの受胎を示す光線など、一般的な受胎告知の象徴形式をとっているのだが、異様なのはそのあまりに明瞭な空間である。一見厳密に一点透視法を用いているかに見えるこの空間は、受胎告知の際の天からの一筋の光線によって、パースペクティヴは一気に混乱に陥ってしまっている。

ひとつの仮説を立ててみたい。透視図法はルネサンスを起源として始まる、と一般に言われているが、その起源は人物を斜めから捉えはじめた古代ギリシャに遡ることができる。それ以前にはエジプトのレリーフに典型的な正面性、もしくは側面性で形体は描かれていたのだが、紀元前5世紀あたりを境に徐々に斜めの構図が登場しだした。この発展は線遠近法による理論的技法ではなかったものの、その萌芽と呼べるものが芽生えだしたのは事実である。だがキリスト教が普及しだす中世になると、すでにスキアグラフィア(陰影法)すら獲得していた絵画技法が平面性の方向へ向かい出す。キリスト教の普遍への志向は現世の移ろいゆく仮象を排するかのごとく、かつての正面性と側面性を復活させた。おそらくそれは教義としての偶像否定と民衆普及との間の妥協的産物だったのかもしれない。いずれにせよ、正面・側面性は宗教的意味合いを付与され、数百年に渡って描かれ続けることになった。

時は下りルネサンスの時代が訪れ、ギリシャの遠近法は復活を遂げる。依然として宗教的主題が中心ではあるものの、その描法は科学的技術を取り入れ、かくて移ろいゆく自然の再現技術が確立されたのである。このクリヴェッリの絵画は、描かれているあらゆる構造物がアーチの奥にいる人物を中心点とした一点透視法によって支配されている。それは人間の認識を図解的に統制するかのような作業である。だがこの現世の構造に対して天上から差し込む一条の光は、最後部から発せられているにもかかわらず、線の幅がほぼ一定である(いや、むしろマリアに向かって収束している)ために、この図像を平面へと押し戻している。

我々は今や、神の受胎告知によって象徴的な平面性へと引き戻されている。よくよく見れば、天使ガブリエルの顔はほぼ側面をむき、その存在をレリーフのごとく硬直させていることに気がつく。この平面性はマリアのいる部屋の柱の面をもって頂点に達するのであるが、ここで第二の転換を余儀なくされる。というのも、レリーフが刻み込まれた柱の根本には、明らかにこの柱の見え方とは視点の違うリンゴが強調点のように置かれているのである。このリンゴの位置関係から推測すると、通りにひかれた遠近法の構図に従属しているのがわかる。それは天使が告げる受胎告知の宗教的情景を、再び現世へと連れ戻す「追放」の装置であるのだ。そして視線をとなりに移せば、最前面にはみ出した瓜によってこの情景そのものが舞台上の一場面であったこと、我々は観客で、ガブリエルもマリアも一役者であったことが判明する。

あまりにも理論的すぎる線遠近法は、ゲシュタルト心理学や認知心理学が証明しているように、我々の視覚像が形成する図像との補いがたい溝を作ってしまっている。それ故この演目は、実際にこの場で起きているのではなく、我々の認識の上でのみ演じられる舞台を示しており、観客は表面と奥行きの円環状の振幅にめまいを起こす。この絵画が避けがたい違和を生み出しているのは、そうした観念上の出来事を絵画という平面に移し替えたために起こった眼差しの捻れによるのではないだろうか。出口なき回転扉の喜劇は果てしなく続く・・・。
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by jaro050 | 2004-10-10 06:24 | 美術寸評

引越

livedoorの劣悪な環境からこちらへ移りました。
タイトルも少々変更。いや、とりあえず「仮称」で。
投稿者の名前はそのままです。
まだ移っただけで何もしてませんけど、
徐々に内装を変えてみたいと思います。
(うわぁ〜なんだこの装飾は・・・
 ちょっと面白いので数日このままに。)

ちなみに昔のブログはしばらくそのままにしておきます。
http://blog.livedoor.jp/sa050k/

今までお世話になった皆様、今後ともよろしくお願いします。

                         ジャロ
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by jaro050 | 2004-10-10 05:32 | その他