ロボットとアニメの関係

ロボットとアニメの関係。唐突だけど、意外に近い関係にある。ロボットの起源、なんて話に決まって挙げられるのは童話作家カレル・チャペックで、人間に従順な機械人形を指してそう呼んでいる。チャペックがチェコ語の「robota(賦役)」から「a」をとってロボットと名づけた一方で、手塚治虫は『火の鳥 復活篇』の中で、チェコ語そのままの「ロボタ」を家事ロボットとして登場させている。まさに労働力として使役されることを示している。

でも今問題にしたいのは、じゃあ現実にロボットを作った場合にはどうなるの?ということ。私のいとこはロボット工学を専攻していて、今ロボット開発の会社で働いているんですが(彼女は大学で空圧制御のプログラムを組んでフルートを吹く人型ロボットを開発していました)、そんな姿を見ているだけに、よくSF小説などで登場する高度に発達したロボットが存在する世界よりも、それがいかに作られるかってところに、手塚治虫なんかを読んでいて思っていたわけです。

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# by jaro050 | 2006-03-27 07:24 | 雑記

DR9、拘束と解放(M.B.S.D.3)

世の中分からないことだらけだけど、これだけはいえる。
「億劫」は人々の可能性を奪っている。
メールの返信でもそうだし、人と会うこと、生活のリズムさえもこの心理状態があらゆる蓋然性を消し去っている。
といいつつ、僕もまたその亡霊にとり憑かれている一人なのはいうまでもない。このブログの更新も滞りがちだし、なんといってもマシュー・バーニーの記事を書こうとしてシリーズタイトルまでつけておきながら、いまだに2件に止まっている。

…言い訳はこの辺にしておいて、現在渋谷のシネマライズでマシュー・バーニーの映画「拘束のドローイング9」が上映中ということで、久々にシリーズを復活してみようかと。

8月に金沢で見て以来半年がたつわけで、ここでは記憶とメモ書きをもとに映画をまとめつつ、少しバーニーについて考えてみたい。

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# by jaro050 | 2006-02-28 02:20 | 美術寸評

mixiにあるへんな画像

mixiのコミュニティをぶらついていると、
たまにへんなgif画像に出くわす。
これがけっこう凝ってる。
そのインパクトのせいか、
参加人数は決まって5000人は超えているときている。
動画の力、か…。
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# by jaro050 | 2006-02-09 22:31 | 雑記

日本語のテスト

最近いろんな番組で日本語の基礎知識をネタにしたものが流行っているけど、ATOKではその類のテストができます。

http://www.atok.com/nihongotest/index.html

みなさんもテストしてみてください。
ちなみに僕は・・・74点でした。びみょ~。
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# by jaro050 | 2006-02-06 02:21

クリティシズム覚書

 批評という語は文学の領域から盛んに議論され、「形式主義批評」「マルクス主義批評」「クイア批評」「ニュー・クリティシズム」など、多くの細分化が進んでいる。だが、それらを論じている人の中には「評論家」と名乗る人たちがいる。一方で「批評家」と自ら公言している人は、実はそれほど多くない。これは一体どういうことだろうか。「批評」についての議論にくらべて、「評論」自体を扱うことのなんと少ないことか。確かに批評の性質を問う「批評性」という語はあるにしても、評論の性質を問う「評論性」なんて語は聞いたことがない。一般に言う評論家たちは、自分の肩書きである「評論」についてどのように考えているのだろうか。批評と評論の違いはなにか。さらに「批判」との違いは?

 隣接する類義語、対義語。曖昧にされたそれらの語を並べること。そうすることで、何か見えてくるものがあるかもしれない。この記事では、上記の語に関わる言葉を見つけ次第、この場に追加していこうと思う。

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# by jaro050 | 2006-01-28 16:38